
欧州での実績があった久保選手がアメリカを選んだ背景には、競技レベルだけでなく「生活」「家族」「メンタルの安定」を重視する価値観の大きな変化がありました。
この記事では、W杯・五輪落選を経て変わった久保選手のキャリア観と、報道では深く触れられていない移籍決断の真相を整理します。
久保裕也のW杯・五輪落選の経緯

まずは久保裕也選手のキャリアと落選の経緯について確認しましょう。
久保裕也選手は1993年生まれで、2024年3月に32歳で現役を引退しています。
リオ五輪とロシアW杯、いずれも本大会直前で落選という経験をしています。
どちらも「主力クラス」「当確」と目されていたにもかかわらず、最終メンバーから外されたことで、本人は「代表とは縁がないんだろうな」と感じたとNumber Webのインタビューで明かしています。
選考理由について十分な説明がなかったことも、久保選手の心に大きな影を落としました。
当時、欧州のヤングボーイズなどで活躍していた久保選手にとって、この2度の落選は単なる不運ではなく、自分のキャリア観を見つめ直すきっかけになったと考えられます。
26歳で欧州よりMLSを選んだ真の理由
久保選手が26歳でMLSへの移籍を決めた背景には、代表落選後の大きな価値観の変化がありました。
欧州残留が「当然」とされていた状況
通常、欧州で実績を積んだ選手が次のステップを考える場合、より上位リーグのクラブを目指すのが一般的です。
久保選手もスイスのヤングボーイズで結果を残しており、周囲からは欧州の上位クラブへの移籍を期待されていました。
しかし久保選手本人の考えは違っていたようです。
「生活」「家族」「メンタル」を重視した選択
Number Webのインタビューで久保選手は、「欧州へのこだわりより、自分が気持ちよくサッカーできる場所を選んだ」と語っています。
具体的には以下の要素を重視したと考えられます。
- 生活環境の質:アメリカの住みやすさ、治安の良さ
- 家族の幸せ:子どもたちが伸び伸び育つ環境
- メンタルの安定:プレッシャーと生活のバランス
- 長期的なキャリア設計:引退後の生活も見据えた選択
この選択は、代表落選という挫折を経験したことで「サッカー選手である前に一人の人間」という視点が強まった結果と言えるでしょう。
代表落選が価値観を変えた
久保選手は代表落選について「縁がないんだろうな」と語りつつ、この経験が欧州への固執を薄れさせたと振り返っています。
「日本代表としてW杯に出場する」という目標が遠のいたことで、「自分の人生としてのサッカー」を考えるようになったのです。
これは一見ネガティブな転機に見えますが、結果的には久保選手に「競技レベル以外の要素も大切にする」という新しい価値観をもたらしました。
MLSでの6シーズンと引退決断
久保選手はMLSで日本人として異例の6シーズンをプレーしました。
メッシ選手がMLSに加入したことで対戦も実現し、世界最高峰の選手と同じピッチに立つという貴重な経験もしています。
なぜ32歳で引退を決めたのか
久保選手が32歳という比較的若い年齢で引退を決めた背景には、以下の要因が考えられます。
- 怪我やコンディションの問題
- モチベーションの維持の難しさ
- 家族との時間を優先したい思い
- 第二のキャリアへの早期着手
インタビューでは「サッカーだけが人生ではない」という価値観と、家族の将来や子どもの生活環境も含めたライフプランが大きく影響したと明かしています。
自分が納得できるタイミングで"スパイクを脱ぐ"という選択は、26歳でのMLS移籍と一貫した考え方に基づいていると言えるでしょう。
アメリカ永住を見据えた戦略的選択
実は久保選手の26歳でのMLS移籍は、引退後の生活まで見据えた戦略的な選択だった可能性があります。
永住権取得を視野に入れた長期滞在
久保選手は現在アメリカ在住で、家族で米国暮らしを続ける意向が強いとされています。
インタビューでは永住権取得も視野に入れていると明言しており、6シーズンのMLS在籍は単なる現役生活ではなく「移住準備期間」でもあったと考えられます。
アメリカの永住権取得には一定期間の居住実績が必要なケースが多く、26歳という若い段階でMLSに移籍したことは、長期的な人生設計の一部だったのかもしれません。
子どもの教育環境も考慮
久保選手には子どもがおり、現地の生活を楽しんでいるとコメントしています。
アメリカでの生活が長くなれば子どもも現地の教育システムに馴染み、家族全体がアメリカに根を下ろしやすくなります。
このような「家族単位での人生設計」が、26歳という早い段階での決断を後押ししたと考えられます。
「欧州一択」ではないキャリアの先駆例
久保選手のキャリア選択は、日本人サッカー選手にとって新しいモデルを提示したとも言えます。
MLSを選ぶ日本人選手が増加傾向
近年、欧州だけでなくMLSや北米リーグを選択肢とする日本人選手が少しずつ増えています。
久保選手の6シーズンという長期在籍は、「MLSでも充実したキャリアを築ける」という実例として、後進の選手たちに影響を与えている可能性があります。
なぜ今までMLSは選択肢になりにくかったのか
従来、日本人選手のキャリアパスは「欧州至上主義」が強く、北米リーグは「引退前の場所」というイメージがありました。
しかし久保選手のように26歳という若さでMLSに移籍し、6シーズンも在籍するケースは異例です。
これは「競技レベルだけでなく、生活の質も含めたトータルでのキャリア設計」という新しい考え方の表れと言えるでしょう。
ネットの反応
久保選手の選択について、SNSでは様々な意見が見られます。
久保裕也のキャリア選択、すごく納得できる。サッカーだけじゃなくて人生全体で考えるって大事だよな。
代表落選は残念だったけど、その後のキャリアの方が充実してる気がする。メッシとも対戦できたし。
一方で、欧州での可能性をもっと追求してほしかったという声もあります。
もっと欧州の上位リーグでプレーする実力あったと思うんだけどな。もったいない気もする。
しかし、久保選手本人が納得して選んだ道である以上、それは尊重されるべきでしょう。
むしろ「理不尽な代表落選」という挫折を経験しながらも、自分なりの価値観で新しいキャリアを切り開いた姿勢は評価に値すると感じる声も多く見られます。
今後の久保裕也に注目
現在、久保選手はアメリカで第二のキャリアを模索中とされています。
具体的には以下のような可能性が考えられます。
- サッカー指導者:MLS経験を活かしたコーチング
- 日米のサッカー交流:架け橋としての役割
- ビジネス展開:スポーツ関連事業への参入
- メディア活動:解説者や評論家としての道
いずれにしても、久保選手のキャリアは「代表落選」で終わらず、その後の選択によってより豊かなものになったと言えるでしょう。
まとめ
久保裕也選手が26歳でMLSを選んだ理由は、代表落選をきっかけに「生活」「家族」「メンタル」を重視する価値観へと変化したことが大きいと考えられます。
欧州での実績がありながら北米を選んだのは、競技レベルだけでなく、引退後の永住も見据えた戦略的な判断だった可能性があります。
現在は家族とともにアメリカで第二のキャリアを模索しており、永住権取得も視野に入れているとされています。
久保選手のキャリアは、「欧州一択ではない選択肢」として、今後の日本人選手にも影響を与えていくかもしれません。
今後も新しい情報が入り次第、追記します。